26年前、医療も福祉も何もわからないまま、突然、医療的ケア児の親になりました。

支えを必要とする我が子を前に、ただひたすら頑張らざるを得ない日々。十分な睡眠も、自分の時間も作れないまま、自治体の障害福祉課に相談し、泣きながら訴えても、訪問看護やヘルパーの時間枠は増やしてもらえませんでした。
前例が無いことを理由に事業所の利用も断られ、行政も、自治体も、福祉事業所も、だれも支えてくれる人はいませんでした。

高齢者の福祉と異なり、当時は重症児者・医療的ケア児者にはアドバイスをくれるケアマネージャーのような人はいませんでした。自ら調べ、発信し、訴え続け、前例を作るしか方法がありませんでした。
すべてのマンパワーを駆使して、保護者が自らスケジュールを調整し、どうにか在宅ケアが成り立っているのです。保護者が倒れたら、すべてがストップしてしまいます。

では、それができない家族はどうしたら良いのでしょうか。

シングルマザー・シングルファザーのご家庭、重症で24時間患児・患者のそばから離れられない家庭…
介護者が倒れたら、患児・患者はどうなるのでしょうか。そもそも相談先、受け入れ先がない家族はどうしたら良いのでしょうか。かれらは、自分や家族の人生、望む未来を諦めるしかないのでしょうか。そんなことは決してあってはなりません。しかし、そういった子どもやご家族がいる現実があります。
2021年、やっと世間が医療的ケア児に目を向け始めています。それでも、未だに重症児者・医療的ケア児者やそのご家族が繋がれる場所、アドバイスを求められる場所は多くありません。当事者に負担がかかる状況は、今も変わっていません。

この課題を、未来に引き継いではいけない。

これから先、同じ思いをする家族がでないように、誰もが「居場所」と「出番」を見つけられるように、うさぎのみみをつくりました。

たくさんのノートに綴ってきた「うさぎのみみ」の構想

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